被災地支援の支援?
先週から、岩見沢ロータリークラブの支援で岩手まで行ってきました。
っと言うのも、ロータリークラブで中古自転車100台を大船渡と野田村に届けるというので
西方建設として運搬車両と運転手をロータリー支援として提供する事に。
4月16日、午後5時30分からホテルサンプラザ前にて壮行会を行い
大勢のロータリーメンバーに見送られ、担当責任者の焼肉南大門の谷口マスターと
私、運転手の当社の佐々木、片岡の4名で岩手に向けて、いざ出発!
あいにくの雨模様であったが、スムーズに苫小牧に着き
シルバーフェリーに乗り込み、21:15いざ青森へ出発、青森着は朝の4時すぎ
波浪注意報が出ていたが、それほどの揺れはなく青森に到着
東北地方は幸いに天候に恵まれ、高速道路の状況はまずまず
津軽富士もきれいに見られる状態
まず目指したのは、久慈市。高速インター軽米で降りて山道を走る事1時間
やっと、久慈市に到着。ここで久慈市の受け入れ先の法律事務所に行き
50台を下ろし、避難所の陸中野田村には現地のロータリーで
運んでくれるという事で、下ろして終了。
時間に余裕がないので、次の受け入れ先である大船渡へ
山道を戻り、東北自動車道を経由し、山道を越えること4時間
やっと、大船渡に到着、受け入れ先の大船渡市役所に
市の職員が、いっぱい手伝いに来てくれたので、あっという間に50台を下ろし
任務は終了。したのだが、大船渡のロータリーメンバーが現状を見て言ってと
案内してくれた。大船渡ロータリー会長のビルも丸々津波に飲み込まれたらしい。
1ヶ月たった今も、道路に大型船があり、川の中には車があるという状況
がれきの撤去作業も1チームで1日3軒がやっとで10チーム入っているらしい
いつになる事やらと嘆いていた。重機も少ないので岩見沢から応援に来て欲しいとも言われた
時間の余裕もないので、大船渡を後にして。知人から頼まれた支援物資を届けに
陸前高田に向かったが、そこでは、さすがに目を疑う光景が・・・
公営住宅の4階まですっぽり水につかり、5階の窓が壊れている状態
周りを見渡しても、恐ろしいくらい何の残っていない
残っていた、野球場の照明灯、それ以外は海に引きずり込まれて、全体が海の中
その隣の陸上競技場も海の中に水没している。
やっと、届け先の避難所(金剛寺)が目の前に見えて、向かっていくと
なんと、川を越えるための橋が無い・・・・・
川を渡ろうと上流に向かうが、ことごとく橋が無くなっていて
結局、回り道をして避難所に行き着くためには時間が無く断念
帰りのフェリーの時間に間に合わせるため、後ろ髪を引かれる思いで
陸前高田を後にした。
その後、5時間ほど掛かって青森に到着し帰りの22時発のフェリーに間に合う事が出来た。
さすがに、当社の運転手2名も約1000kmの道のりにクタクタの状態で乗り込み
今朝、無事に岩見沢に帰ってくる事が出来た。
当社の従業員も被災地の光景を見て、言葉のでない状況だったと言っていた。
東北沿岸の被災地の復興までには、まだまだ長い年月が係るのは、間違いない状況。
ただ、今回被災地で生き残った人たちと話をしてみて
とても前向きに今を生きているという事が、ヒシヒシと伝わった。
今後も、出来る支援を考え我々も頑張らねばと思った。
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